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箱根ホテルの歴史をご紹介いたします

箱根ホテル創業期

1923年(大正12年)6月15日、箱根の雄大な自然に囲まれた芦ノ湖畔に、箱根ホテルは創設されました。

明治の文明開化により鉄道、自動車、電話といった都市インフラが輸入され、東京箱根間の交通が便利になりはじめたこの頃、近い将来箱根山を越えて、芦ノ湖畔が今後大いに開発されるであろうとの考えにより、富士屋ホテルの3代目社長山口正造は野村洋三氏所有の「はふや」を買収し、箱根ホテル株式会社を設立しました。
(この「はふや」は箱根が「箱根関所」として栄えた頃に設立した宿のことです。)

基礎コンクリート、木造4階建和洋両様の客室並びに大食堂を新たに建築し、同時に旧館の改築にも着手しました。
営業開始直後から多くのお客様がお越しになり、東伏見宮妃殿下および久邇宮朝融王殿下は、前後数回ご来館になられました。

芦ノ湖より望む、創業当時の箱根ホテル

関東大震災

開館から僅か2ヶ月半後の1923年(大正12年)9月1日、箱根ホテルは関東大震災により建物全部が壊滅し、大損害を受けました。
山口正造は富士屋ホテルの営業を再開させた後、1926年(大正15年)に、少数の客室と大食堂を完成させました

創業当時の大食堂。富士屋ホテルのメインダイニングに似た雰囲気を感じます。

豆相地震

1930年(昭和5年)、突如として伊豆地方を襲った豆相地震により、箱根町は関東大震災以上の災厄に遭い、箱根ホテルは再び全壊の被害を受けました。
この度も、山口氏は芦ノ湖畔の一日も早い復興には箱根ホテルの再興が何よりの急務であることを思い、翌年5月には3度目の本館新築を実施し、1934年(昭和9年)4月には別館ならびに浴室を新築しました。

一方、富士屋ホテルでは震災後の復旧工事に続き、今も多くのお客様を魅了する食堂棟や「花御殿」が完成。当時、東洋一のリゾートホテルとして君臨するにふさわしい規模となりました。
翌年6月、富士屋ホテル株式会社は箱根ホテル株式会社を合併し、これにより箱根ホテルは、宮ノ下「富士屋ホテル」、河口湖畔「富士ビューホテル」、仙石原「仙石ゴルフコース場」を擁する、名実ともに東洋一のリゾートホテルの一翼を担うこととなったのです。

豆相地震後、新築当時の箱根ホテル

戦中・戦後の箱根ホテル

1937年(昭和12年)7月、盧溝橋事件をきっかけに支那事変が勃発し、箱根ホテルも戦争の影響を被りました。
戦局の拡大と熾烈化とともに、ホテル従業員も次々と召集され、次第に人手不足となりました。また、一部の外国人に対して資産凍結令が実施され、外国人の国内旅行は次第に窮屈になっていきました。国内的には諸物価は全て統制下におかれ、宿泊者にはお米の持参をお願いをしたこともあったといいます。

そして12月、太平洋戦争に突入していきました。
数多くのホテルは次々と戦災を被ったり、軍部に施設を貸与したりと、日本のホテルはほとんどその使命を失いました。箱根ホテルでは疎開学童を受け入れ、その後一般営業は停止することとなり、終戦後に疎開学童が引き揚げた後は、全館をドイツ海軍に貸与することとなりました。

1932年当時のパンフレット

箱根ホテル、一般営業再開

ドイツ海軍の引き揚げに伴い、箱根ホテルは1947年(昭和22年)3月31日より一般営業を再開。
その後、ドイツ軍への貸与期間中に火災により焼失した新館の代わりに、芦ノ湖周辺の宿泊施設では初めて暖房設備を備えた6室の新館を増築しました。これにより四季を通じて来客が見込めるようになったのです。
さらに、連合国軍最高司令官総司令部経済科学部より外国人旅行者宿泊所として公認されたことや交通整備が進んだことなどにより、外国人客を中心に観光客が一層増加するようになりました。

ドイツ海軍に貸与していた頃の箱根ホテル

スパニッシュスタイルの新館が誕生

観光客の増加により客室の増築が必要となり、1951年(昭和26年)5月28日、全24室から芦ノ湖を望め、図書館、屋上展望台を有する、当時としては最新式の白亜の観光ホテルが完成しました。

富士屋ホテルが米軍との貸与契約を終結する1954年(昭和29年)まで、箱根ホテルは箱根地区における唯一の洋式ホテルとして海外からの観光団その他一般外国人の宿泊食事等、また元首相鳩山一郎、岸信介ら多数の政財界人の静養ホテルとして大いに用いられました。
その後、和式宴会場・グリルレストラン・団体宿泊用に第2別館等、日本人観光客の増加に合わせ次々と改築、増築を行ないました。

1986年(昭和61年)には、箱根ホテル隣接の親日家ドイツ人ポール・シュミットの別荘跡地(旧従業員寮跡地)にレストラン「シュミットハウス」を開業し、箱根ホテル直営のバイキングレストランとして大好評を得ました。

1951年、スパニッシュスタイルの新館が誕生。当時としては最新式の観光ホテルでした。

新館が誕生した頃に使用されていたステッカー。趣があり、かわいらしいデザインです。

当時のメインダイニング。内装は変わりましたが、芦ノ湖の望む絶好のロケーションは今も変わりません。

リニューアルオープン

1992年(平成4年)7月、芦ノ湖畔に佇むリゾート、富士屋ホテルレイクビューアネックス(別館)として新たな箱根ホテルがリニューアルオープンしました。
(※設計者 堀池 秀人 都市・建築研究所建築家)
館内のいたるところに、リニューアル前の建物で使用されていた照明などが使用され、モダンな雰囲気とともにクラシカルな趣も感じることが出来ます。

FORUM NAVALIS(「海の街」)をコンセプトに建てられた箱根ホテルは、春秋は新緑、紅葉の箱根山を楽しみ、夏は湖畔の避暑地として、冬は湖畔越しに見る霊峰富士山を仰ぎ見ることのできる絶好のロケーションとして、数多くの内外観光客に親しまれております。 澄んだ空気の中に広がる箱根の大自然と芦ノ湖の絶景、そして自慢のお料理の数々が、皆様のご来館をお待ちしております。

現在の箱根ホテル。

年表一覧

1923年(大正12年) 箱根ホテル竣工 2ヵ月後、関東大震災により建物全部が壊滅
1926年(大正15年) 少数の客室と大食堂を完成
1930年(昭和5年) 豆相地震により再び建物全部が崩壊
1937年(昭和12年) 太平洋戦争勃発、一般営業を停止
1947年(昭和22年) 一般営業再開、新館を増設
1951年(昭和26年) スパニッシュスタイルの新館が完成
1986年(昭和61年) シュミットハウスを開業
1992年(平成4年) 「富士屋ホテルレイクビューアネックス 箱根ホテル」としてリニューアルオープン

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神奈川県足柄下郡箱根町箱根65
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FAX 0460-83-6314
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